水になるブログ

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お寺参りする中国の若者

 中国では近年、”躺平”ということばが流行りだしました。996と言われるように9時から9時まで週6日間働く労働環境、結婚のためにマンションを購入し、そのため一生を住宅ローンの支払いに費やす(それでもマンションが無事完成していればまだマシ)、大学を卒業しても多くはまともに職に就けない、などなど激しい競争や過酷な社会環境に嫌気して気ままに生きることを選択する若者を指しています。”躺平”は日本語で”寝そべり”と紹介されていますが、「もうやーめた」ということでしょう。

 このような現象をみると、つい日本で起きたことと重なってしまいます。高度経済成長(新幹線の開通やオリンピック開催なども中国の発展と重なる)、バブル景気とともに「モーレツ社員」「二十四時間戦えますか」などの流行語、CMソングが思い出されます。今ではブラック企業などと言っていますがあのころはサービス残業で毎日12時間働くのは「ふつう」だったと思います。週の休みはそもそも日曜日だけでしたし。その後「寝そべり」の現象があったかは定かではありませんが「失われた三十年」は結果的には日本中が「寝そべって」いるようなものではないでしょうか。

sc.mp

 Lu Ziは大学卒業後、他の人からみたら羨むようなeコマースの超大手起業に就職しましたが、一年後にはすべてを投げ出して仏教寺に住み込むようになりました。Luのように現実を知り、燃え尽きた結果、今後の生き方を見つめなおすために激烈な競争市場から一時的に引きこもる若者が増えています。”景気低迷と失業率の高騰によって私たちのような世代はとてつもなく大きな不安を抱えています。みんな安定した職を選ぶようになり、なかには私のようになにが本当にやりたいのかをもう一度考え直すためにいったん小休止する人もいます。”

 ゼロコロナ政策を転換し、内外の往来が回復した中国では仏教や道教の寺院が若者の間で人気の旅行先になっています。ミレニアル世代、Z世代を中心に、お寺参りをする旅行者は今年、前年に比べて3倍に増えているそうです。お寺参りと言えば今まではよほどの大きな行事や祝日のときに限って多くの人が繰り出すものだったのが、今は仕事上の、あるいは生活上のプレッシャーからいっときでも解放されることを目的にお寺巡りをするのが流行りとなっています。

 “貧困、飢餓、政治動乱の記憶がそう遠くない時代に生まれた両親の世代と違って、私たちの世代はそうした心配はありません。私たちは精神的な充実を求めたり、社会の要請ではなく自分自身の思いに従って歩む道を選ぶ自由があります。”

 少なくとも選ぶ自由があるのはよいことですし、こうした現象も社会が成熟する一つの過程と言えるのではないでしょうか。中国人と言えば一般的に「現世利益」、もっと手っ取り早く言えば「お金」に対する関心が特別に強く、抽象的なことに興味がない人たちと思っていましたので、お寺参りはそのイメージとは大きくかけ離れています。しばらく中国に行っていませんが、実際に現地の人と話して今の考えや、この十年でなにが変わったのか、など聞いてみたいと思いました。

Be water, my friend.